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zoom RSS 長崎〜新上五島と教会 2014/5/2

<<   作成日時 : 2014/05/04 12:09   >>

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新上五島町、この聞きなれない名前を初めて見たのは去年の雑誌の中でした。 
ステキな写真を見て、どうしても行ってみたくなり決めました。

長崎から西へ船で1時間半くらいにある五島列島の上半分の島です。韓国JEJU島にも近い場所です。来て知ったことですが、ここも「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として世界遺産登録候補だそうです。長崎は、宗教的迫害や原爆など、さまざまな苦難を見てきた土地のひとつです。なぜ苦しまなければいけなかったのか、そういう歴史的背景を考えるためにも、教会めぐりをしてみようと思います。

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ジェットホイルは朝7:40長崎港発、朝食は旅館でおにぎりを作ってもらって、船の待合所で食べました。この船は時速80km/hで水上を浮いて走りますので、とてもなめらかで思ったほど揺れません。

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最初に福江島に寄港、海保の船が止まっています。格好いい!

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10時前にやっと新上五島奈良尾港に到着。海の色が違います。

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トヨタレンタカーの人がお迎えに来ています。小さな島ですが車がないとどこにも行けません。mapを手にまず国指定重要文化財の頭之島天主堂へ。新上五島町には29もの教会がありますが全部は回りきれないので主なものに絞りました。

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迫害が終わって再び島に移り住んだ信者たちが、自分たちで積み上げた石造りの教会です。中に明治時代にできた木造教会があります。裏の海岸よりには墓地があります。大変美しい砂浜がすぐそばです。

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次は大曽教会。大正時代のレンガ造りの教会、八角ドーム型鐘楼と印象的なマリア像が特徴。

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入口には当番表が貼ってあったり、小学生の信者の名前があったり、地元の人にちゃんと維持されています。

次は風景のよい場所。矢堅目公園、奇岩と複雑な海岸線がすばらしい。どうやって下に降りたのか、釣りをしている人がいてびっくり。
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そして青砂ケ浦天主堂 国重です。

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五島のキリスト教の歴史を遡ると、1587年豊臣秀吉がバテレン(宣教師)追放令を、1596年にはキリシタン禁制を発令。江戸時代に入って1612年に徳川家康がキリシタン禁教令を発令。さらに1626年には「キリシタン五島入島禁制」が発令され、明治初期までの250年以上に渡り、キリスト教徒への厳しい弾圧が続いていました。1873年(明治6年)、明治政府によって禁教の高札が外され、信仰が黙認されるようになったのはわずか130年ほど前。それまで国内のすべてのキリシタンは、皆、隠れキリシタンだったのです。

今、五島には隠れキリシタンが10世帯しか残っていないそうです。彼らは何100年も信仰を守り続けてきたんですね。

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