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zoom RSS 長崎旅行〜軍艦島

<<   作成日時 : 2014/05/04 10:54   >>

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長崎は日本の近代化の歴史が詰まった、そして美しい景観をもつ素晴らしい場所です。

私の旅行は手作りがモットーで、まず3か月前にスーパー先得で安い航空券をGETすることから始まります。あとは行きたいところに好き勝手に行くだけですが、だいたい時間ぎりぎりの移動になりがちで、今回はとくにあぶない旅でした。

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きれいな富士山を見て、長崎到着ですが、10分遅れのため、市内へのシャトルバスの発車時刻まで5分もなく走ります。ギリギリおにぎりを買えて車中で昼食。軍艦島ツアーに間に合うためには、これに乗らないとアウトでした。バスを降りて、波止場まで路面電車に乗って移動、、のはずが、反対方向に乗ってしまい、時間ロス。また焦って結局タクシーで移動しました

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軍艦島に行くツアーは4社ありますが、「軍艦島コンシェルジュ」さんに。
4月20日にちょうど無人島になって40年だそうです。昨年、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」として世界遺産に推薦されることが正式決定されました。今日も政府の関係者が視察に来ているそうです。

http://www.kyuyama.jp/index.html

軍艦島へは港から30分ほどの乗船です、港ではちょうど帆船祭りをやっていました。

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途中にみえる三菱のドッグでは豪華客船を作っていました。もうじき神戸に運ばれて内装工事だそうです。

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天気もよく、船は波を切ってすすみます

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そして見えてきました!なるほど、軍艦にみえます

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見学できるコースは決まっていて、島の1/4周くらいしか見れません。とっても日差しと風が強いので、これから行く方は帽子をおもちください。

第1見学広場で、子供のようにはしゃぐシンジくん。

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シンジのうしろに見えるのは貯水槽、貴重な水は海底水道で運ばれて、ここに貯められました。
炭鉱の仕事は過酷だったようです。近代化が始まり、燃料として石炭の需要が高まったため、忙しいときは1日2回地下900M下に降りて行って、16時間採掘をしていたと聞きました。地下の採掘現場は湿度90%、温度30度と暑く、常に落盤や浸水の危険と向かい合わせでした。地上に上がってきたときは真っ黒で、まず海水風呂で汚れを落とし真水は最後の仕上げに1回だけしか浴びれなかったそうです。赤いレンガ造りの建物の中に共同浴場があったそうです。

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しかし生活は豊かであったそうです。経営は三菱で給料がよく、鉄筋コンクリートのアパートはほぼ無料でした。東京でも普及していないテレビ、冷蔵庫など全家庭にあったそうです。5000人が住んでいたので島内には郵便局、床屋、病院、小中学校、テニスコート、プール、パチンコ店、商店、遊郭まであったそうです。歴史の暗い部分ですが、捕虜の朝鮮人、中国人もたくさん労働者として住んでいたそうです。

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上の写真の真ん中は1916年にたてられた30号アパート、日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造高層住宅です。台風にも負けず、これほど残っているのは頑丈ですね。ちなみに、建てたのは炭鉱で働く人たち自らです。器用です、日本人はすごいなあと思いました。

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上記は3号棟、高級職員住宅。狭い敷地なので、どの住宅も密集してたてられていますが、これだけは高台の日当たり良好な場所ですね。どこからも見えない屋上がデートスポットだったようです。ガイドさんの説明がすばらしく、ここに住んでいた人の暮らしがよくわかりました。

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上陸できない裏側も、船で周回して見せてもらいました。大きいのは病院と隔離病棟。衛生面は不十分であり赤痢コレラなども流行ったそうです。

最後に長崎市内の夜景です。

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長崎の人はモナコ、香港とあわせて世界3大夜景だといいます。本当かな?

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